哲日記,黒島

午後出勤。実は、昨夜のMKさん通夜の祭壇をみてびっくり。生花の名札に「関東黒島郷友会」と記すところ、ぼくの名前が派手に大書されていたのである。そんなアホな、と絶句。 生花を組合共済サービスをつかって割引料金で注文したところ、どこで誤ったのであろうか。組合事務所に問い合わせると、ちゃんとわが郷友会名義でと、申請用紙に明記されている。そこで、昨日撮影した写真を添付して葬儀社に原因究明をお願いした。

すると、葬儀社の役員から回答があり、備考欄のぼくの名前を斎場へ誤って伝えてしまい、それが生花の名札となってしまったとのこと。葬儀社としてあってはならないミスであり、あらためて関東黒島郷友会名義の生花をご遺族へお届けさせていただきます。もちろん生花代は要りませんとのこと。 ぼくからは、ご遺族の意向を確かめて返答する旨伝え、誠意ある対応に安堵した次第。

沖縄のAK叔父より電話。川崎の姉の旦那が危篤状態という。万一の時は葬式の手配等頼む、その時は沖縄から出向くが、本土あたりで喪服等はどうなっている?沖縄風かりゆしウェアはどうか、とのご下問。 昨日の通夜の参列者の服装を知らせるも、「葬儀の手配」こりゃ、たいへんだ。それにつけても、近頃なにゆえ不幸続きであろうか。

哲日記,大谷翔平,食事,黒島

夏を思わせる暑い日。 午前8時 大谷翔平選手、対ヤンキース戦、無安打におわり敗北。毎日はホームランを打てません。が、大谷が打った大飛球、完全にフェンス越えたにもかかわらず、身長2mのジャッジに捕られた。13時30分、F市議選の街頭演説会、応援聴衆のひとりとして参加。 

その後、電車を乗り継いで武蔵野線のMU駅へ。わが郷友MKさんのお通夜へ参列させていただく。取引先の社長の方々の弔辞のあと、関東黒島郷友会長の弔電も読み上げていただいた。

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関東黒島郷友会の重鎮・MKさんのご逝去の報に接し、謹んでお悔やみを申し上げますとともに、ご冥福を祈ります。

わが郷友会員は、黒島が生んだ素晴らしい起業家であり、現代の名工ともいうべきMKさんを失った悲しみにくれています。そして、彼が郷友会発足時から、計り知れない多大な貢献を尽くしてこられたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。

あまりの早世は寂しい限りです。どうぞ安らかにお眠りください。    関東黒島郷友会会長 

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 1時間の通夜の儀をおえて、別室に設けられた精進落としの会場へ案内される。コロナ禍があけたせいか?ご遺族心づくしの寿司、てんぷら、オードブル、そしてお酒とビール等のご馳走がテーブルに並ぶ。いつも変わり映えしない自炊の飯ばかりなので、ご馳走をぱくつく。隣に座った同じ年のKさんは、目前のお寿司を食べつつぼくを肘でつつき、隣のてんぷらを取るように命令する。さすが黒島女のたくましさよ。痛風の身にはアルコールをやめてウーロン茶で我慢したことが、せめての救いか。

帰宅後、納豆とノンアルコールワイン(缶)。シャワー、就寝。

 

哲日記,大谷翔平,落語,黒島

8時、大谷翔平選手、エンゼルスVSヤンキース、大谷、初回4号ツーラン、初盗塁と活躍し勝利に貢献。無安打のジャッジとのライバル対決にも勝つ。

統一地方選挙。OM市議選に立候補しているKH候補の陣中見舞いへ車で出かける。選挙事務所で留守をしていた年配の男性、自分の妻は竹富島の人だとおっしゃる。すると、候補者の奥さん、自分の大学時代の友人が黒島嫁になっている、とのたまうのではないか。東京の奥座敷である田舎の街で、八重山にかかわりのある人々に出会う偶然さ、面白いね。

落語「黄金餅」古今亭志ん朝 動画YouTubeで観る。志ん朝の名人芸を無料で観てよいだろうか。堪能。

夜遅く、T間会長よりメール入る。どうも携帯電話が故障して機種変更となり、連絡がつかなくなったとのこと。生花、弔電よろしく頼むとのことで、急いで弔電を作成して斎場宛て送る手配をする。

テレビ,哲日記,大谷翔平,映画鑑賞,食事,黒島

午前、MLB 大谷翔平選手、2安打、一時は勝ち越しタイムリーを放つもレッドソックスに2連敗。

映画「I ㏂ sam」2001年、アメリカ。(NHKbs録画)出演 ショーン・ペン、ミシュェル・ファイファー、ダイアン・ウィースト。知的障害をもつ父親が、可愛いを娘を懸命に育てようとする感動作。ことし2月、那覇で初めて会ったぼくの従妹J子の娘(23歳)も知的障がい者であるが、母娘仲良く黒島の牛まつりに出かけたり、東京ドームの野球観戦もするそうだ。帰京後、ぼくからJ子さんへ「娘さんが結婚するとき、ぼくも必ず披露宴へ招待してください」とLINEを送った。結婚? 素人のぼくには判断できないが、この映画を観て、すべての障がい者ができるだけ「ふつうの生活、ふつうの人生」を送れるような世の中であってほしいと思った。

きょうも外出せず、自宅でありあわせの食事、そういえばお米のご飯は二日間、食べていなかった。風呂に浸かるのは困難なので、シャワー後、就寝。

テレビ:「NHKスペシャル羽生善治 52歳の格闘~藤井聡太との七番勝負」「ETV特集 誰のための司法か~団藤重光 最高裁事件ノート~」「ザ・ノンフィクション ボクらの丁稚時代2023」

 

テレビ,哲日記,大谷翔平,断酒,読書,黒島

午前、ベッドのなかで読書「青べか物語」山本周五郎、「旅のつばくろ」沢木耕太郎。大谷翔平選手、1四球、ヒット1と頑張るもレッドソックス戦敗れる。 録画しておいたテレビ番組「にっぽん縦断 こころ旅 とうちゃこ」石垣島、与那国島、火野正平さん、ぼくより年長だけど元気ですね。 「ドキュメント72時間 岡山 24時間営業のドライブイン」大型車をあやつる女性ドライバーがいることに感銘。 「アナザーストーリーズ 運命の分岐点 高倉健と幸福の黄色いハンカチ」ぼくの好きな映画のひとつ。良い番組だった。

相変わらず痛風の痛み続く。先日お亡くなりになったMKさんのお通夜の件で、郷友会長老のKKさんと電話連絡。まだT間会長と連絡とれないようす。大丈夫かな? 何事もなければよいのだが。

今日は、一歩も外出せず。 入浴:団地の浴槽はほぼ正方形、痛風によって膝をまげることもできず四苦八苦。就寝。

哲日記,断酒,読書,食事,黒島

6時起床。 ベッドで読書。「草筏」瀬戸内寂聴。 朝食。

甲子園 沖縄商学ー東海大菅生 0-1で惜敗なり。 沖尚らしからぬ凡ミスが目立ちましたね。

昼食(具たくさん味噌汁)、ご飯。大根ぬか漬け。 昼寝。

散歩、図書館(新聞、藤沢周平「橋ものがたり」読む)、自宅にて夕食。迎え酒無し!

昨年10月、母校学校図書館へささやかなカンパをお届けしたところ、校長先生よりあらためて丁重な礼状とともに購入リスト(60冊)がとどく。「学校図書館にない書籍が増えたことにより、利用回数や貸し出し冊数も増えています」とのこと。なによりです。小1から中3まで児童生徒数19名。卒業生3名高校合格し島を離れる。新1年生3名。 わが母校踏ん張ってますね。ありがとう。

映画「男はつらいよ 寅次郎の青春」1992年12月(テレ東録画) マドンナ:後藤久美子、風吹ジュン。ロケ地:下呂温泉、日南。床屋の女店主・風吹ジュンに惚れられるも、臆病な寅さん。泉と満男、東京駅ホームでの別れのキスシーンは涙を誘う。

メール,哲日記,黒島

6:55起床。昨夜、アレルギー症状かゆみ止めの薬飲んだせいか、トイレに起きることなく熟睡できた。朝食。

午後から出勤。笠張浪人ならず袋詰め作業を手伝う。帰路、図書館のぞくも休館日だ。

宮古島のKT元校長より、ご自分の新聞投稿記事がメールにて送られてきた。

僕のお礼の返信=投稿「あの頃の頭上運搬」拝読させて頂きました。池間島の往年の賑わいぶり、ひしひしと感じることができました。わが黒島でも、祖母や叔母たちが、畑で芋を掘って自宅に持ち帰るときの頭上運搬、よくこぼれないものだと、お見事でしたね。いつも先生の玉稿、ノスタルジーを感じつつ愛読しております。厚く感謝申し上げます=

自宅にて夕食。Yahooニュースで「袴田事件、検察、特別抗告断念」記事を探すも見当たらず。ほぼWBC一色。ぼくもWBCは好きだが、この袴田事件のえん罪が晴れ、無実の扉がようやく開いたことに大いに拍手をおくりたい。

入浴。就寝。

エッセイ,メール,哲日記,黒島

15年前、石垣島のひなびたゴルフ場で友人の黒島A三くんとプレーをしていたとき、兄のK生から携帯に電話があった。「従弟のSHくんが亡くなった」という。びっくりしてゴルフを切り上げ、あれこれ連絡をとりあったところ、従妹のOA嬢から「中学校陸上競技大会の全国大会へ出場している、娘ふたりを告別式へ間に合うようにお手伝い願います」とのこと。「お安いご用で」と思ったかどうか定かでないが、休暇をきりあげ急いで上京して対応した。後日、そのあらましを日本最南端の月刊誌『やいま』に寄稿したことがあったので再掲する。

僕より年少の従弟SH君の急死は驚きであった。心臓への負担をかえりみず、昼夜を分かたず仕事に励んでいたという。沖縄本島における葬儀へは参列できなかったが、僕には次の任務が与えられた。新潟開催の全国中学校陸上選手権に出場中のSH君の娘ふたりを、葬儀へ間に合うように沖縄へ帰すサポートをしてほしいとのこと。さっそく監督と連絡をとり、娘たちを乗せた上越新幹線を夜半の東京駅ホームで迎え、翌朝早朝便にて羽田から沖縄へ見送った。

双子の可愛らしい中学生であるが、父を失った悲しみの表情を浮かべるときもあり、側にいていたたまれない思いもした。しかし、気丈にも「沖縄県代表として恥ずかしくないよう400mリレー走で自己ベストを更新した」と話してくれた。悲しみの中にも、アスリートのファイトをみせた一瞬であった。  『やいま』2008年10月号

東京駅で迎えて浜松町で夕食をとり、モノレールにて羽田空港へ。ターミナルに隣接するホテルでのチェックインを見届け、ぼくは蒲田のビジネスホテルに投宿。翌朝、羽田空港で無事見送ったことを思い出す。(いまや昨夜の夕食も思い出せないが、15年前のことよくおぼえているねぇ)

これまでは、15年前のできごと。これからは、最近の「すてきなメッセージ」との出会いである。

ことし2月中旬、ぼくは那覇でいとこ達との食事会をもった。そのとき、T家のグループLINEにいれてもらった。それがきっかけで、すてきなメッセージとであったのである。

T司さん、ご無沙汰しております。
SHの双子の娘のMKです!T家のLINEでT司さんのアカウントを知り感謝の気持ちを伝えたくご連絡差し上げました🙇‍♀️

15年前の父の告別式の際は、新潟遠征中の私たちを東京→沖縄へと帰省のご支援をしていただき本当にありがとうございました。T司さんのおかげで、父との最後の時間を過ごし悔いなく天国へお見送りする事ができました。

あの頃中学生だった私たちも、今年で30歳になります。親戚の皆様の支えがあり、無事大学を卒業しMSKへ就職する事ができました。昨年は結婚を機に鹿児島へ引っ越し、同社の鹿児島支店で働きながら新しい環境に奮闘しております。
機会がありましたらご一緒にお食事できると嬉しいです!
ちなみに名字はS改めてAになりました✨ 今後ともよろしくお願いします🙇‍♀️

つづいて、双子のもうひとりの方のメッセージ。

T司さんご無沙汰しております。
同じくSHの双子の娘(妹)のMWです。MKと一緒に、T司さんのアカウントを知り、感謝の気持ちを伝えたくご連絡差し上げました🙇‍♀️いきなりののご連絡で失礼致します。

私も昨年結婚をして名字がSから、Nになりました(^^)
今年で30歳になる私たちですが、今、幸せに暮らせているのもT司さんはじめ、親戚の方々が温かく支えて見守ってくださったおかげです。
私もMKと同じく大学へ進学し、現在は那覇市にあるOSDに入社して7年目となります。
父が繋げてくださった親戚の皆さまとの繋がりと、感謝を忘れず、これからも仕事や普段の生活を通して自分を磨いていけるように励んで参ります。

今後とも末永く、宜しくお願い致します(^^)💐 T司さんが書いてくださった記事も、実家で大切に取っております。😊 (当時の『やいま』表紙と記事の写真を添付)

このメッセージをうけて、ぼくはビックリするやら嬉しくなるやら、欣喜雀躍な気分←ちょっと古いかな。

とてもステキなメッセージをありがとうございます。年甲斐もなく涙そうそうの気分になりました。おふたりのことよく覚えています。東京駅のホームで不安そうにたたずんでいる姿をみた時、なぜ早く来てあげることできなかったのか、と申し訳ない思いをしたこともありましたね。いまや立派な社会人となり、結婚生活も良き伴侶に恵まれ幸せにお暮しとのこと、ほんとうにおめでとうございます。

SHくんの早世、今更ですが残念至極です。優しく強いナイスガイそのもの。でも、素晴らしいお嬢さんたちをこの世に残してくれたので、折り合いをつけないといけませんね。小生、年金暮らしの毎日が日曜日の身。上京の際には連絡ください。よろしかったら食事でもしましょう。
AJちゃん親子、「東京行くのでビールごちそうしてね」と先日、那覇にておねだりされました(笑)お母さまにもどうぞよろしくお伝えください。

おふたりからさらに返信。

あの時のことも鮮明に覚えていてくださり、ありがとうございます😭
私たちも、はじめての新幹線で心細いなかT司さんが迎えにきてくれてとても安心したのを覚えております。お父さんの娘として恥じぬようこれからも前向きさと感謝を忘れず過ごしていこうと思います(^^)
ぜひ、MKと東京に行く時にはご連絡させて下さい。🙇‍♀️✨

母も、T司さんにとても感謝しておりますので宜しくお伝え申します😊喜ぶ顔が目に浮かびます!

ご丁寧にお返事いただきありがとうございます😭
司さんがいなかったら東京駅で迷子になって羽田空港にも辿り着けなかったと思います。。
あの時は父のことで頭がいっぱいでちゃんとお礼が出来なかったのが心残りで、こうやって感謝の気持ちを伝えられて良かったです😭✨
父に教わった優しさや心の強さを胸に頑張っていきます💪MWと東京行く際は、またご連絡させて下さい😆

15年前の一瞬の出会いから、時を経て15年後にすてきなメッセージをいただく! SNSのなせる時代に感謝します。

哲日記,断酒,読書,黒島

朝8時起床。右手首の関節が痛む。ここのところの深酒がたたったせいか、痛風の症状だ。昨年は、左肘の痛みに悩まされた。左、右と共産党から自民党にくら替えしたつもりか、反省なり。

石垣島の友よりメール。TC先生の新聞投稿の添付付きで。母校・八重山高校行進曲のエピソードがおもしろかった。

メールには、古希の同級生ふたりがスナックをはしごして午前3時まで飲んだ、との記述も。ぼくから「A三くん 元気でなによりだ。老人ふたり組が午前様とは、驚異だ。」と返信。

東京で親しくお付き合いしているIN先輩より電話。「妻と帰省中だが、あんた、黒島牛まつり来なかったかい」 ぼくが、友人の通夜のため那覇へ行ったばかりと答えると「僕らの年代、いろいろ欠ける人がでてくるね。会える時に会いましょう。飲み会、セット頼みますよ」と。

二中同級生のSR嬢からメール。先延ばしにあった沖縄八重山料理での会食の件。これでは痛風と縁が切れないはずだ。

◆2月27日(月)

 午後出勤まえに図書館へ。沢木耕太郎『馬車は走る』を借りる。石原慎太郎が美濃部知事に挑戦した、東京都知事選のルポ記事「シジフォスの四十日」を読んだ。沢木は記す。「なぜ負けたか。理由はひとつ、彼が石原慎太郎であったことだ」と。それを裏付けるエピソードがおもしろい。それにつけても沢木が20代半ばの文章である。文才あふれる作家だ。

前夜、A居酒屋で飲んだ時、100円勘定足りず。店主は結構ですよと言ってくれたが、返金を口実に同店に出向いて飲食。

テレビ,哲日記,読書,食事,黒島

6:30起床。気温0℃。

将棋王将戦、藤井聡太vs羽生善治、2勝2敗の好勝負。ネットで棋譜を確認しつつ、テレビでサンデーモーニング、大阪マラソン中継、読書:城山三郎「よみがえる力は、どこに」、ブランチを作って食す。城山著書は講演録をまとめたもので、78歳で国鉄総裁に就任した石田禮助のエピソードが面白い。国会議員に対して「国鉄の現状は、諸君にも責任がある」と言い放ち、勲章を拒否し、「粗にして野だが卑ではない」と面目躍如ぶりだ。

きょうは黒島牛まつりだ。この前、食事会で一緒の従妹AJ親子は、牛まつりにお出かけのこと。1等賞は牛一頭だ。当たったらおすそ分け期待。AJさんは医療従事者。コロナでたいへんな苦労をしたことでしょう。大いにエンジョイしてほしいものだ。

◆2月25日(土)曇

 午後、久しぶりに公園へ。河津桜が7分咲きか。ウォーキング。帰路、MK薬局にて歯ブラシ、お風呂用洗剤、食料品等の買い物。手袋の片方を失くしたことに気づく。入店の際にポケットに入れたはずだが、右手袋のみ落とした。レジの方に訊くも届け出無しという。

入浴後、A居酒屋にて夕食とは名ばかりの酒飲み。先日、客がぼくのダウンジャンパーをまちがえて着て帰ってしまったところ、同ジャンパーが戻ってきたとのこと。焼き菓子のお詫びの品とともに。ユニクロで求めた古びたものを間違えるなんて、なんともいやはやなり。

◆2月24日(金)雨

 午後から出勤、2時間後、都心へ向かう。S元官房副長官が主宰する勉強会へ。財務省幹部から「令和5年度税制改正について」との講話あり。家計金融資産の半分、1,080兆円が現預金なのでそれをNISAの拡充によって投資にふりむけさせるべくとの説明。諸外国にくらべ日本国民の投資活用がはるかに低く、一人当たり国民所得を向上させたいとの狙いを強調するも果たしていかが。 それよりも国民負担率が50%(昭和の時代は20%)に達しようとする重税感、圧迫感を除去してほしいものだ。

★2月23日(木)

 天皇誕生日。テレビでは令和初の一般参賀の様子が流れている。午後から出勤。帰路図書館へ寄る。新聞、週刊誌等をななめ読み。週刊朝日の下山治連載コラムのなかで、沢木耕太郎の石原慎太郎論が面白い、との記述が目にとまる。そして、その論述が載っている本は絶版につき古本を求める方がよいとのご託宣。さっそくアマゾンで検索すると文庫本で4,000円なり。やむなく図書館で借りることにする。酒代は惜しむなく使うのに本代はケチる、嘆かわしい。

いつものA居酒屋で夕食兼飲酒。帰りに、自分の上着を探すもない、同系統のダウンが掛かっているのみ。先客が間違えたので。その昔のお嬢さんの服を着るわけにもいかず、上着無しで帰宅。熱燗が効いたのか寒さ不感症なり。

★2月22日(水)

 久しぶりの駅前温泉へ。ジャグジーでふくらはぎと腰を噴射してマッサージ。サウナと温泉浴と、熟睡に効果大なり。